モータースポーツ

F1の女性レーサー・ドライバーを一挙紹介!日本選手や注目選手のインスタも!

女性のf1注目選手

F1ドライバーは、世界でも20人しか決勝を走ることが許されていない特別な仕事です。

ところで、「女性のF1ドライバーはいるの?」「日本人はいるの?」

こんな疑問を持っていませんか?

これまで過去に5人の女性F1ドライバーがいましたが、1992年を最後に出場しておりません。

でも現在F1出場を目指している女性ドライバーは世界中にたくさんいます。

この記事では、F1出場を目指して日々戦っている世界の注目選手(日本選手も)を紹介します!

F1に出場した女性ドライバー

過去にF1に出場した5人の女性ドライバーについて一人ずつ紹介していきます。

5人のうち予選を通過し決勝に出場したのは2人だけ。マリア・テレーザ・デ・フィリッピス(10位)とレラ・ロンバルディ(6位)です。

マリア・テレーザ・デ・フィリップス

(1926年11月11日 -2016年1月8日)

世界初の女性F1ドライバー。1958年の第2戦モナコGPに「マセラッティ250F」で出場しました。

第2戦モナコGPは予選落ちとなりましたが、第5戦ベルギーGPにも参戦すると、予選を19位で通過し決勝では10位完走を果たしました。

レラ・ロンバルディ

(1941年3月26日-1992年3月3日)

F1史上初の入賞を獲得した女性F1ドライバー。1974年にF1デビューし史上2人目の女性F1ドライバーとなりました。

1975年F1スペインGPで6位入賞してポイントを獲得。女性の入賞記録は現在もレラ・ロンバルディただ一人です。

1976年をもってF1から離脱。これ以後、何人かの女性がF1にエントリーしていますが決勝レースまで進出した人物はロンバルディ以後現れていません。

ディビナ・ガリカ

(1944年8月13日 -)

元オリンピック選手の女性F1ドライバー。アルペンスキー選手として1964年インスブルックオリンピックから3大会連続でオリンピックに出場しました。

その後周囲から勧められてレーシングドライバーに転身し、1976年イギリスGPでF1初参戦、女性としては史上3人目のF1ドライバーとなりました。

F1に通算3度出走したが決勝進出は果たせませんでした。

デジレ・ウィルソン

(1953年11月26日 -)

南アフリカ共和国の女性F1ドライバー。1980年F1第8戦イギリスGPに参戦し、レラ・ロンバルディ以来の決勝進出を目指しましたが、予選落ちに終わりました。このレースが最初で最後のF1レースでした。

それ以降1993年に引退するまで、アメリカのCART、ル・マン24時間レースなどにも出場した記録があります。

ジョバンナ・アマティ

(1959年7月20日 -)

資産家令嬢F1ドライバー。イタリアで工業実業家の娘として生まれます。1992年の開幕戦、南アフリカGPに出場した史上5人目の女性F1ドライバーになりました。

ジョバンナ・アマティが「最後の女性F1ドライバー」と呼ばれ現在に至っています。

F1出場を目指す女性注目選手!日本選手も!

現在F1出場を目指している女性ドライバーは世界に多く存在します。

その中でも注目する選手を外国人と日本人3名ずつ紹介します。

タチアナ・カルデロン

コロンビア出身の28歳女性ドライバー。

F1チーム「アルファロメオ・レーシング」の開発ドライバーです。

ジェイミー・チャドウィック

イギリス出身の23歳女性ドライバー。

F1チーム「ウィリアムズ・レーシング」の開発ドライバーです。

2019年ににスタートした女性ドライバーのみで争われる「Wシリーズ」(後述)の初代チャンピオンに輝いています。

ソフィア・フローシュ

ドイツ出身の20歳女性ドライバー。

現在はスペインのカンポスに所属し F3に参戦しています。

その実力に将来が期待される一方で、美しい目鼻立ちにも注目が集まっています。

野田樹潤(のだじゅじゅ)

東京都出身15歳の女性ドライバー。父は元F1ドライバーの野田英樹。

3歳でカートに乗り始め、4歳でカートレースデビュー。その後も各レースに出場し、最年少での優勝を次々と果たしていきます。

2021年は北欧デンマークで F4 チャンピオンシップの 2 シーズン目を迎えています。

小山美姫(こやまみき)

神奈川県出身23歳の女性ドライバー。2015年に、モータースポーツ・フォーミュラシリーズの下位カテゴリーでプロデビュー。

2019年から開始された女性ドライバー限定のフォーミュラ選手権「Wシリーズ」に参戦しています。

三浦愛(みうらあい)

奈良県出身31歳の女性ドライバー。2014年より女性ドライバーとして18年振りとなる全日本F3選手権に参戦を開始。

2020年から日本最速の女性レーサーを決める自動車レース「KYOSHO CUP」(競争女子選手権)に参戦しています。

F1女性ドライバーの死亡事故

ここでは、過去に起きた女性ドライバーの死亡事故について紹介します。

スペイン出身の女性ドライバー、マリーア・デ・ヴィロタ(1980年1月13日 – 2013年10月11日)は、2001年にF3でデビューしました。

その後の2012年に、ロシアのF1チーム「マルシャ」とテストドライバー契約を結びます。

同年7月にダックスフォード飛行場で行った空力テスト中にチームのサポートトラックに衝突し、右目を失うという重傷を負ってしまいました。

2013年10月11日、セビリア市内の宿泊先のホテルの一室で亡くなっているのが発見されました。

死因はクラッシュによる神経損傷が原因で脳出血を起こしたあと、心臓発作に見舞われたというものでした。

Wシリーズとは?

Wシリーズとは、2019年よりスタートした女性ドライバー限定のフォーミュラカーレースのことです。

Wシリーズは、モータースポーツで女性も男性と対等に戦えるとの信念をベースに設立されました。

日本勢では小山美姫が参戦しており、2019年シーズンは最上位4位でランキング7位。

2021年はさらなる飛躍を目指しています。

まとめ

モータースポーツで女性も男性と対等に戦えるとの信念のもと、Wシリーズが誕生しました。

Wシリーズによって女性ドライバーのレベルがますます向上していくでしょう。

​​​​F1が世界中の全ての人にとって開かれたレースとなるために、女性ドライバーがF1の決勝レースで活躍する瞬間を早くみたいですね。

ABOUT ME
せいた
野球歴12年、ラグビー歴20年、ゴルフ歴25年、少年野球コーチ歴8年、2021年1月より副業Webライターとして活動中。
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